脳汁生活。

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脳汁ブッシャーーー、ああ気持ちいい。

やればできる!マインドセットを切り替えよう。まだ優等生ですり減らしてるの?

優等生というワナ

本の学校教育はシビアで、優等生か、そうでないかで人種が区分されているような印象があります。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、先生の言う事を良く聞く。こんな学生は、先生から重宝されるんですよね。

 

いやあ、ひどかったですよ。高校生の頃、クラスでそれと真逆の子がいたんですが・・・扱いが、優秀な子とはまるで違う。
先生方のあたりが強いというか、「これじゃあ、ダメだ」と言われ続ける毎日。それじゃ、自己肯定感も下がるよなあ。
できない子の烙印を押されていました。

 

アイデンティティとしての優秀さ

そこまではないにしても、特に学業の成績は、先生方のお墨付きをもらいやすく、手っ取り早く、優秀であることの判断材料になりうる。

 

でも、今まで見てきて、優等生が必ずしもいいものだとは思わなくなりました。

 

僕なんかも、どちらかというと、成績はいい方で、担任や、得意科目の先生から期待のまなざしを受けることが多くありました。
僕は、期待に応えるという思いや、優秀であり続けなければ・・・みたいな思い込みは持たずにいられたのですが、果たして、そういう人はどれくらいいるんだろうか?

 

勉強が好きというよりも、優秀であり続けなければいけない。そのために勉強しないといけない。
そうしなければ、部活や遊びに明け暮れて、晩年成績最下位の奴らのように、先生から愛想を尽かされる。自分の存在意義を感じれなくなる。

 

そう思っている人って案外多いような気がします。

 

優秀でいなければいけないという思い込み

勉強やスポーツの出来でその人の評価が決まるわけじゃない。人間は、そんなことよりも大事な資質があるはずだと僕は思います。

 


それでも、一度手にした優秀さという栄光を手放すことは、死を意味するのかもしれませんね。
しかし、それゆえの弊害もあると思うんです。

 

優秀であるがゆえのワナはこんなところでしょうか。

 

・ 優等生たる者、優秀でなくてはならない。失敗しちゃいけない。
・ 失敗したくないからできないことには手を出さない。
・ つまり、今持っている実力よりストレッチが必要なコトにはチャレンジしなくなる。
・ 実力は伸びず、だんだん優秀と見られなくなる。
・ 優等生というアイデンティティーが危うくなると、ますます保守的になり、成功が約束されていることしかしなくなる・・・

 

あああ、なんて負のスパイラル。
これが、他人の欲求に従って生きる人間の末路か・・・

 

そもそも、優秀の定義なんて人によって様々で大抵は、自分勝手な基準ですよね。
それに翻弄されて、自分の能力を低めるのはもったいないなあと思います。

 

2つのマインドセット

 スタンフォード大学の心理学者、キャロル・ドゥエックはそんな人たちの思考スタイルのことを、硬直マインドセットと呼びました。

 

・自分は「完璧」で他人より「優秀」であるべき。
・報われる保証がない努力は、時間の無駄、やりたくない。
・何事もしくじってはいけない。失敗は、絶対に避けねばならない恥辱、屈辱。

 

完璧主義に近いものがあるのかもしれませんねえ。
努力も同じで、そもそも報われるかどうかって基準で努力している時点でダメでしょと。誰のために努力しているんだと。

 

努力が報われるかどうかは分からないけど、できないことが出来ていく、初めから完璧でなくても、目を向けられなくても、日々の成長を自分なりに感じて、そこに楽しみを見出していく。

 

これが健全な思考スタイルだと思うのですが、スタンフォードの方もそうおっしゃっていました笑。

 

・何事にも最善を尽くして学び続け、向上する。
・そのための努力は惜しまない。努力すること自体に意味があり、努力を楽しむ。
・失敗から学ぶ。失敗は、次によりよくやるための糧。

 

いやあ、ほんとそう思います。これを成長マインドセットと呼ぶらしいですね。
だって、失敗なんて、人生のその時点においては失敗かもしれないけど、長い人生を考えたら、分からないですからね。
問題は、その失敗をどう活かすのか。

 

受験に失敗した・・・就職に、転職に失敗した・・・
でも、それはその時点での失敗で。本気でやってきたなら、合わなかったんだと割り切ることも出来ると思うんですけどねえ。

 

失敗したことがないってのは恐ろしいこと

だからこそ、失敗したことがないって怖いと思うんですよね。だって、それは、今の自分の力以上のことをしていないから。
それなりに、こなせるようになってきた後の、漠然とした不安感はここにあるのかなと思います。

 

守るべきものが増える度に、人は保守的になるものですが、それは停滞です。このままじゃいけないという危機感と向き合い、攻めてかないと。

 

失敗して、経験の総量を増やした方が、自分の向き不向きも分かるし、やりたいこと、得なことが見えてくる。

 

最終的にどっちがいいんでしょうね。

 

臆病な羞恥心と尊大な羞恥心

結局はこれなんでしょうね。自分のプライドを守るために、お山の大将を気取るわけです。
中島敦の名著『李陵・山月記』の李徴を思い出しますね・・・

優秀である自分の殻から抜け出せず、詩人になる夢も潰え、最後は虎になってしまうというお話。

 

まあ、やらなければ、夢を見続けることはできますからね。過去の「やればできたんだよ~」という話に、価値はないと思いますが。

 

 こちらは、キャロル・ドゥエック氏の一冊。優等生で悩んでいる方にはぜひ。