脳汁生活。

脳汁生活

無重力アパシーなる日々。

ノスタルジーをいつまでも胸に

こんにちは、たっくん、たまに図2 (@usagoke_poepoe) です

 

日暮里駅の15両目付近で、常磐線を待っている(この車両が1番空いているのです)

 

この電車に乗るときは、いつも昔を懐かしむのです

 

都心の電車にはない、独特の固さの座席に、3割の不快感と7割の思い出を重ね、時を巡る

 

 

・・・

 

 

茨城のつくば市に生まれ、20年間、東京のアパートで暮らすまで、東京に出る時は常に常磐線を使っていました

 

(とは言いつつ、大学生になるまでは、まともに電車を使わず、チャリ狂でしたが)

 

1限目の授業に出るため、ベッドタウン・サラリーマンと共に、7時代の電車に駆け乗り(真面目だったのです)、バイトや飲み会がある日は、何としてでも23時45分の日暮里駅に辿り着こうと必死でした

 

こうして、目を細め、頭上にモクモクと雲を浮かべながら昔を懐かしむと、22年という浅いと言えば、浅い人生の中にも、それなりの深みがあるものだと、我ながら感心する

 

そんな自らの回想に、自ら水を刺すようで、何だか野暮ったいような、どうでもいいような感じですが、思い出はどこから来るのだろう?と考えてしまうのです(思い出フェチなのです)

 

そしてその答えをまさに、座席の硬さと奮闘している常磐線の座席で見つけました

 

それは、凄まじく、強烈なもので、人間を人間足らしめる、生物種として残っている、五感です

 

不味いとも旨いともいえないソフト麺を半分に千切りながら、けんちん汁に浸せば、もう二度とあんなに大人数で(アルコールのない)食事をすることはないのだろうと、給食を懐かしむし、

 

本日の夕飯を調達するために訪れたスーパーで、ソーラン節に無意識的に鼓膜を突破され、せっかくの夏休みなのに、学校のグラウンドで暑い中、ドッコイショーした記憶を調達するし、

 

寒空の下、これまた無意識的に、煙草の煙と冷気の肺への侵入を許してしまうと、恋人と手を繋ぎ歩いた、赤レンガやら馬車道やらの街並みを思い出してしまう…

 

あとは・・・ああ、疲れた

 

とにもかくにも、視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚といった感覚刺激は、無意識的に、あの日のあの時の思い出を鮮明に、フラッシュバックさせます

 

ああ、あんなこともあったなと懐かしむに留まればいいんですが、僕の場合、一筋縄ではいかないのです

 

生粋のノスタルジー狂である僕は、あの手この手を使い、思い出の中の、あの日の自分と出会おうとします

 

中学校の文化祭で使った市民ホールの楽屋を何としてでも見たいと思い、外にある機材の搬入口の固く閉ざされたドアのカギを開けようと躍起になったり(昼間)、

 

わざわざ、友人を呼出し、車を出させ、中学校の校舎に入らせてもらい、教室を見せてもらったり(高校時代は黒歴史なのだ)、

 

好きだった人に電話で別れを告げられた道(家の周り)を午前3時20分にいきなりふらふらし始めて、勝手に悲劇のヒーローに仕立てあげたり(これで幸せなんだ)

 

こうして、過去をほじくり返すと気づくんです

 

ああ、あの時の自分はもういないんだな(当たり前です)、あの日々は、あの時の自分だからこそ、楽しめて、悲しめて、喜べて、苦しめたんだろうなと

 

実際、大人になった自分が学校の教室を訪れても、楽しかったあの日々は、そこにあるわけではなく、むしろ、大切にしていた思い出に、お邪魔虫が入ったようで、汚らわしいとすら思います(お前がやったんや)

 

だから、思い出は思い出のままそっとしておくことにしました

 

ふと、見つけたり、触れたり、聞こえたり、香ったり、口にしたりすることで、情景が心のスクリーンに鮮明に写し出されますこともあるでしょう

 

でも、それはあえて、深堀や考察しないで、「うふふ」と思って、思い出せたことを嬉しく思いながら、胸にしまっておきます

 

そして、もう1つ気づいたことがあります

 

どの思い出も、その時の自分は、迷いながらも苦しみながら、がむしゃらになっていたということです

 

強烈に生きたからこそ、思い出になったんだなあと、昔の自分を撫でてやりたいなという気持ちになります

 

あぁ、お決まりのようで、なんだか嫌だけど、未来の自分がノスタルジーを感じられるような今を生きれるよう、精いっぱいやってみようかなと思うわけです

 

ぴょいぴょい!