脳汁生活。

脳汁生活

無重力アパシーなる日々。

ウォシュレットが苦手でした

こんにちは、たっくん、たまに図2 (@usagoke_poepoe) です

 

お恥ずかしい話ではありますが、私は、この22年の人生の中で、ウォシュレットに苦手意識を持っていたことを、ここに告白させて頂こうと思います

 

ああ、何んという取り返しのつかないことを言ってしまったのだ

 

世の中の極ウォシュレット派の人間からすれば、ウォシュレットを使っていない=拭いていないのと同じであり、それはサルと同じという事を意味しています

 

まだ日光には帰りたくありません

 

そうでなかったとしても、きっと友達にも軽蔑されるに違いありません

 

授業を受けていたあの日も、朝まで夢を語り合ったあの夜も、ドキドキしながら、ダンスミュージックに腰を揺らした、クラブも、沖縄にみんなで行ったあの海も、全部、僕の尻はウォシュレットを使っていなかったのですから

 

そんな僕ですが、最近、ついに、ウォシュレットを使いこなすことができるようになりました

 

やっと・・・やっと・・・僕もみんなに認められる・・・やっとサルから人間になれる・・・!と喜び、その日はトイレに布団を敷きました

 

しかし、なぜ、世界はこうも残酷なのでしょうか?

 

ようやく一人前のウォシュレッターとして、独立し、事務所とも契約を結び、CM出演も決め、雑誌やインタビューの取材も徐々に入るようになってきたというのに・・・

 

反ウォシュレット派が拒むのです、頑なに聖水の使用を禁ずるのです、トイレに入ってきて、「やめろ!!!」と叫ぶのです

 

きっと、昔よきを懐かしむ仲間が減って、哀しいのでしょう、新しいテクノロジーは思いでさえも奪うのです、ああ無常

 

しかし、それでも時代や、僕は前に進むのです、進化し続けるしかないのです、後ろを振り向き、過去を生きる暇などないのです、思い出など、トイレに流してしまえばいいのです

 

 

 

 

 

ところで、なぜ僕がウォシュレットを嫌いになったのかを、少し語らせてくださいな

 

ウォシュレットととの馴れ初めは、病院でした

 

こう見えて病弱だった私は、幼少期に、週に1回病院に通っていました、その感覚は週に1回ヨガスクールに通うOLのそれと同じでした

 

それとは何だろうか、それとなく、それっぽい言い回しをすることで、逃げてはいないのだろうか?表現の神様がいるとしたならば、はんぺんでほっぺたをぺちぺちと叩かれてしまうかもしれません

 

その病院には、ウォシュレット付きのトイレがありました

 

こういうと、ウォシュレット付きのトイレが病院にしかないのか?と、勘違いされる方もいるかもしれませんので、念のため言っておきますと、ウォシュレット付きのトイレは、病院以外のあらゆる所にあります、ウォシュレットは医療機器ではありませんので

 

僕は、生まれてはじめて、ウォシュレットというものを、目にしました

 

好奇心代表だった4歳の僕は、全身がドクドクと脈を打つのを感じていました

 

4歳ですからトイレなんて自分の家のものしか知らないわけです

 

それが、いきなりです、複雑なボタンが張り巡らされたトイレの一室に篭っているわけです

 

そんなの、コックピットじゃないですか、操縦士じゃないですか、ノアの運転席にも座らせてもらえなかった、あの日々の痛みを今こそ晴らす時なのです、自我の解放なのです

 

トイレを飛行機だと、ガンダムだと、エヴァンゲリオンだと思い、僕は禁じられた遊びを始めるのでした

 

流す

 

驚異的な吸い込み力と水圧で、他を圧倒し、トイレを制圧し、排泄物を流すために存在するボタンだということは、4歳ながら直感的に理解できた

 

ザーッポン

 

と音を鳴らし、うんちは流れていった

 

ここまでは大方予想通りだった、当機は順調に日本海上空を通過しているのだ、だが足りないのだ、安心・安全なんてものを4歳から願っていてどうするつもりなのだ?凡庸な人間で終わるつもりか?

 

リスク取ってこうぜ

 

続いて僕は、ビデというボタンを見つけた、人間の性とは恐ろしいもので、ピンク×女の人の絵=なんかエロいという方程式を瞬時に導き出す、まだ数えることもままならぬ、4歳のクソガキでもだ

 

ビデという言葉の意味は22歳の今もよく知らないし、当時の僕は知る由もなかった、だからこそ、そこで止まるつもりもなかった

 

 

女性はどうやっておしっこをするのだろう?4歳の僕は自分のポークビッツをまじまじと見つめながら、生命体の神秘へと空想を巡らせた

 

不作の大根のようなスッカスカの頭から導き出された結論は、尻の穴から放たれるということでした

 

うおおおおぬおおおおお

 

ビデのボタンを押した後、4歳の僕の仮説は叶わなかったことを知る

 

明らかに、何も存在してはいけないところに、ハイドロポンプが放たれる

 

「そこには何もないよー!」4歳の僕の叫びは虚しく、狭い空にこだまする(一応トイレの中だからね)

 

恐らくはじめて実用性を実感した英語であるSTOPボタンを押し、事なきを得た

 

こうなってくるともう止まらない、好奇心代表の血がうずくのだ

 

僕は最後に残されたおしりのボタンを押しました

 

ゴーッ、ピ

 

何かが動き出し、何かが噴射された音がしました

 

「おしり」の字にまごうことなく、正々堂々とおしりに向かい、スプラッシュマウンテンが放たれました

 

そして僕のお尻も正々堂々と、スプラッシュマウンテンを受け止めました

 

 

 うおおぬおおおおお

 

しかしミスを、致命的なミスを犯しました

 

4歳の僕には水圧という概念はなく、ただ、放たれる水を受け止めることしか知りませんでした

 

4歳児の尻の穴は、最大水量のスプラッシュマウンテンに耐えられるわけがありません 

 

あ、あああ…あああ

 

4歳児には、おしりボタンの止め方が分かりませんでした、ただただ、水流の勢いが収まるのを待つしかありません

 

しかし、もう限界なのです4歳児は頑張りました、もういいでしょう、この苦しみからの解放を願います

 

 

 

 

 

 

 

 

4歳児は立ち上がりました…

 

スカスカの大根みたいな脳みそでも、どうなるかは分かっていたのに

 

もう、彼の肛門はとっくに限界を迎えていました、過労死の時なのです

 

ビシャーとうららかな音を立て、春の泉はなお、彼のズボンとパンツを濡らし続けます

 

過酷な闘いを終えた機体は、海上で散り、コックピット(トイレ)は、海に沈んたかのようにビチョビチョになってしまいました

 

4歳の僕は、試食だと思って食べたプチあんぱんが実は試食じゃないと気づいた時と同じように、その場を駆け抜け後にしました

 

耳の奥に、泉がヴィヴァルディの春を奏でているのを残しながら…

 

 

 

 

 

それ以来、涙で枕を濡らすならぬ、ウォシュレットでパンツとズボンを濡らした僕にとって、ウォシュレットはトラウマであり、凶器であり、兵器であったのです

 

きっと生まれながらにしてウォシュレットが上手い人は、スナイパーとしての才能があるのではないでしょうか?

 

今となってはウォシュレットを普通に使えますし、使わないことへの違和感すらあります

 

ただ、ウォシュレットを何食わぬ顔で使えることで、大人としての成長を感じてしまう僕の日常とはいかなるものなのでしょうか?

 

ぴょいぴょい